映像化不可能と言われた叙述トリックで有名な乾くるみの原作小説を実写化。一見どこにでもある恋愛物語を「最後の5分全てが覆る」という一癖も二癖もミステリーに仕上げたのは『20世紀少年』『TRICK』『SPEC』の監督を務めた堤幸彦。主人公の鈴木に松田翔太、ヒロインのマユに前田敦子、鈴木の同僚役に木村文乃。
あらすじ
舞台は1987年の夏。バブル全盛期の静岡。大学4年制の鈴木夕樹は大学の友人から急遽誘われた合コンで、歯科助手の成岡繭子に出会う。繭子に一目惚れした鈴木は、合コンと同じメンバーで海水浴に行った先で、繭子から電話番号を教わる。太っていて風貌もさえず、恋愛に奥手だった鈴木はしばらく電話をかけられずにいたが、勇気を出して繭子に電話をする。
繭子との食事デートを取り付けた鈴木は、共通の趣味である読書の話やファッションの話をして夢の様な時間を過ごすことが出来た。さらに繭子からタックンと呼ばれるようになり、毎週金曜日のデートを楽しむ日々を重ねて繭子への想いをどんどん募らせていった。
感想
「必ず2回観る」が謳い文句になってますが、2回見る必要は全くありません。むしろ1回で済むように最後に親切で丁寧なネタばらしがあります。
見終わると、女の子の怖さがを思い知らされる物語でした。タックンよりマユの方が一枚も二枚も上手です。
前田敦子は恐らく堤監督が付けた演出をしっかりと再現したのではないでしょうか。一見純真で可愛らしい女の子の中に、一筋縄にはいかないしたたかさを感じる、ねちっこい演技です(褒め言葉)。
最後の5分に全てを覆すための最大のトリックに無理があって、説得力に欠けました。原作では全く感じない違和感です。それ故に「絶賛」され「映像化不可」と言われていたわけです。
その違和感を持ち続けたまま「2人」の恋愛物語は進んでいくため、クライマックスのどんでん返しの衝撃は原作のそれに比べると幾分目減りしているのではないかと思います。原作が「え?え?ええええええ!!!!!」なら、本作は「え?あれ?そういうことか!」程度のニュアンスでは無いでしょうか。
個人的には出逢いにまでさかのぼって、ネタばらしする最後のシーンは蛇足だと思いました。自分なら劇中ではネタばらしせず、SNSや2ちゃんねるで答え合わせをしてもらったほうが盛り上がるのではと思いますが、劇場には女子高生のグループが多かったので、彼女たちがメインターゲットなので分かりやすさを優先したのでしょう。
クライマックスのネタバレシーンには大きく3段階あるのですが、最初のネタバレシーンが原作での唯一最大のネタバレでしたが、劇場内には変化なし。2つ目のネタバレシーンで劇場内がざわざわとなり、3つめのネタバレシーンでヒソヒソと話し声が聞こえてきました。どんでん返しがある映画と知らなかったのなら、さぞ驚いたことでしょう。
80年代の文化がとても懐かしいです。80年代設定なのは、トリックがバレやすい携帯電話やメールでのやり取りをなくすためと、男女7人秋物語をヒントに使いたかったからでしょう。
幾つか気になる点がありました。まず、マユはなぜタックンに髪型のアドバイスをしなかったのか。アドバイスしたほうがその後の流れ的には自然でした。マユがタックンにプレゼントしたエアジョーダンをどうやって手に入れたんでしょうか。当時超レアなスニーカーだったはずなので、静岡で働く新社会人が簡単に手に入れられるとは思えません。また、クリスマスのホテルの予約のくだりも納得が出来ませんでした。なぜあんなにグッドタイミングだったのかなど。
鈴木の同僚、石丸美弥子の両親役に片岡鶴太郎と手塚理美が友情出演しています。映画の中で「男女7人秋物語」と主題歌の「SHOW ME」がフィーチャーされているので、二人が登場した時には興奮しました。個人的にマユ同様、当時このドラマにはまっていたので尚更です。
原作通りの結末が良かったのではと感じました。劇中のセリフにあるように「イニシエーション・ラブ」は通過儀式のはずなんですが、映画の最後のシーンを見る限り「2人」にとって「イニシエーション」となっていないように思われて、テーマがずれた感じがしました。
レビュー
原作ファンかどうかで評価が大きく別れると思います。
原作未読な方なら衝撃のラストに十分に驚きを味わえると思います。ただ、邦画にしては長めの上映時間110分にも現れている通り、結末に辿り着くまでが長く、どこにでもある恋愛の話でしか無いので、中だるみは必至です。もし最後に「最後の5分全てが覆る」という謳い文句を知らずに見ている人がいたら、途中で席を立ってもおかしくは無いでしょう。
原作ファンなら高得点とは言わずとも及第点をつける方が多いのでは無いでしょうか。結末を知っているので、原作のポイントをどう映像化したのか、どこにヒントが隠されているのか、という謎解きの眼を光らせているはずなので、原作では苦痛だった中盤のつまらない恋愛話の部分を、逆に退屈せずに観られると思います。
★★★☆(3.5)
監督 | 堤幸彦 |
---|---|
出演 | 松田翔太 前田敦子 木村文乃 阿部サダヲ |
上映時間 | 110分 |
エンドロール | おまけ映像なし |
ネタバレ
ここから先はネタバレを含むので、原作を読んでいない方、これから映画をご覧になる方は注意してください。
実はある重要人物がチラシにも予告にもホームページにも登場しません。(※実は予告にチラチラと映ってますが。)それが本作のもう一人の主人公「鈴木夕樹」です。原作を読んでいない方には、一見すると「タックン」とマユと美弥子の三角関係なんですが、真相は鈴木夕樹(side-Aのタックン)×マユ×鈴木辰也(side-Bのタックン)×石丸美弥子のという2人の「タックン」が存在する複雑な3角関係+1の四角関係?となっています。もっと品のない表現を使うとマユが二股をしていたわけです。
ただ、鈴木辰也と鈴木夕樹はお互いの存在を認識していないのと、side-Aの鈴木夕樹とマユの夏の出会いからside-Bのクリスマイブまでの物語を、1年半の時系列に沿った出来事という錯誤を起こしているので、ラストに「全てが覆る」わけです。
ちなみにチラシにクレジットされている「亜蘭澄司(あらんすみし)」という俳優さんは実在しません。原作ファン向けに鈴木夕樹役の俳優を秘密にしておくために、アラン・スミシーというアメリカ映画業界の隠語をもじって使ったものです。「アラン・スミシー」とは映画制作中に何らかの理由で監督が降板してポストが空席となった場合の架空の監督名としてアメリカ映画業界で使われてきた隠語です。
そんな予告やチラシを観て、てっきり裏をかいて松田翔太が二役演じるとばかり思っていたので、森田甘路演じる鈴木夕樹が登場した時には「なるほど、ダイエットで別人のように見違えるパターン」かと、すぐに想像は付きました。そこからは原作に仕掛けられていたトリックがどんな形で映像化されているのかを見落とさずに集中するだけです。
最後にトリックを解明するためのヒントは、いくつかのシーンやカットに紛れているので、ポイントを幾つか挙げてみます。★の数はヒントの難易度です。以降、side-AのタックンをタックンA、side-BのタックンをタックンBと記述します。※他にもヒントはあると思うので是非探してみてください。
・年表示(★★★)
日付の表示に「年」が記述されるのが最初のみ。side-Aを1987年の7月から12月、side-Bをその1年後の1988年の7月から12月と勘違いさせるため。
・タックンAとマユの最初の電話のシーン(★★★★)
タックンAからの電話を心待ちにしていたマユが、ベッドに座って白いスカートのシミを取っている。タックンBと海に行く渋滞の道中でこぼしたコーヒーが原因。
・タックン(★★)
タックンAとマユの最初のデートでマユが突然「タック…」と口走る。東京に転勤になった恋人のタックンBと呼び間違える。すぐに呼び間違えないためにタックンAの呼称を「夕樹→タキ→タックン」と強引に決定。
・ワンピース(★★★)
マユがタックンAとの最初のデートで着ている黒地に花柄のワンピースを、タックンBとの買物デートで買ってもらっている。
・デートをキャンセルする電話のシーン(★★★★)
マユがベッドに横たわり腹部をさすりながらタックンAにデートをキャンセルする電話をするシーン。右眉の上にタックンBが激昂した際についた傷がある。
・ルビーの指輪(★★★)
タックンAとマユが出会った合コンで「誕生日に自分で買った」と言っていたルビーの指輪と同じものを、タックンBが銀座で購入している。
・お茶屋さんの前の通り(★★★★★)
タックンAがおしゃれになるために洋服を購入し、スクーターに買物袋を積んで走っているところを、マユの部屋に向かう鈴木辰也の赤い車とすれ違っている。
・本(★★★★★)
子供を堕ろした後のマユの部屋のシーン。タックンBが激昂したハードカバーの本がタックンAから借りた本。
・男女7人秋物語(★★★)
クリスマス・イブのシーン。マユがタックンAとのデートの曜日を変更するほど嵌って見ていたドラマ「男女7人秋物語」の最終回について、石丸美弥子がタックンBに「先週」と話題にする。
・タックンBの下の名前(★)
クリスマス・イブの日、石丸美弥子の父親が美弥子にタックンBの名前を尋ねた際に美弥子が「辰也、鈴木辰也」と答える。
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個人的に好きなドラマを10本選べと言われたら必ず選ぶドラマです。前作に比べてよりシリアスで切ない大人の恋愛ドラマとなっています。名台詞の多いドラマです。特に第6話「地球滅亡の日」のラストシーンは名シーンです。もちろん前作を観てから観てもらいたいです。